東京高等裁判所 平成11年(ネ)635号・平11年(ネ)1670号 判決
主文
一 本件控訴に基づき、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求及び附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一控訴及び附帯控訴の各趣旨
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
二 被控訴人の附帯控訴の趣旨
1 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 控訴人は、被控訴人に対し、(原判決主文第一項の金員のほか)金一億円及びこれに対する平成七年九月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。(当審において請求拡張)
第二当事者の主張
一 当事者の主張は、以下のとおり付加、訂正をし、次項のとおり被控訴人の主張を加えるほかは、原判決「事実」欄中「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の付加、訂正)
1 五頁三行目のかっこ書きの冒頭に「ドライビングシミュレータ又はドライブシミュレータとも呼ばれる。」を加える。
2 六頁三行目の末尾に「なお、本協定書(甲第二号証)の冒頭には、「甲(被控訴人)と乙(控訴人)とは、甲乙が共同で企画する自動車運転教習用ドライビングシミュレータの開発に関し次の通り協定する。」との記載があり、その末尾には、「当該協定書は、本契約締結までの双方の申し合わせ事項とする。」との記載がある。」を加える。
3 九頁四行目の次に行を改めて次のように加える。
「(五) 製品価格の見積(五条)
被控訴人及び控訴人が開発する製品価格の見積を平成六年八月末日までに行い相互に交換する。」
4 九頁五行目の「(五)」を「(六)」に改め、同一〇行目の次に行を改めて次のように加える。
「(七) 製品の審査、認可取得(七条)
製品完成後被控訴人名義で警察庁宛て認可を申請する。」
二 被控訴人の主張
1 仕事を完成させるべき債務の不履行
(一) 本協定は、被控訴人と控訴人が、互いに相手方に対し自己の開発範囲とされた仕事を完成させるべき債務を負うことを当然の前提として(すなわち、請負契約類似の性質を有する。)、互いに協力して本製品(運転シミュレータ)を完成させること自体を目的とする双務契約であり、控訴人は、被控訴人に対し、本協定において控訴人の開発範囲とされた仕事、すなわち、警察庁提示の仕様に基づくソフトウェア及びこれを動かすためのハードウェアの制作を完成させるべき債務を負っていた。なお、木製品の開発は、既に他社が開発、販売に成功した同種のモデルとなる製品が存在することを前提とするものであり、しかも、控訴人の開発範囲とされた仕事は、警察庁提示の仕様により内容も具体的に決まっていたのであるから、本製品の開発について未知の分野の研究や製品開発の場合と同列に論ずることはできない。
右の点は、本協定書の第一条に「販売計画」という文言、第六条に「開発に要した費用は・・・それぞれの製品価格に包含させる」という文言があることからしても明らかである。
(二) しかるに、控訴人は、本協定において控訴人の開発範囲とされた仕事を完成させることができず、右債務の履行をしなかった。
2 開発状況について開示、説明、協議をすべき債務の不履行
(一) 本協定書の第三条において、被控訴人と控訴人は、開発工程を相互に交換し、計画、進行等について随時協議するとされているのであり、控訴人は、被控訴人に対し、開発状況について開示、説明、協議をすべき債務を負っていた。
(二) しかるに、控訴人は、以下のとおり、被控訴人から再三にわたって開発状況の開示、説明を求められたにもかかわらず、平成七年六月二八日に至るまで、開発状況や開発が遅れている原因について具体的な説明をしなかった。
(1) 被控訴人は、本協定締結後、控訴人から開発状況について何ら説明がなかったため、平成六年一〇月初旬、控訴人に対し、開発の工程の現状と今後等について問い合わせる質問書を送付した。これに対し、控訴人は、回答書と工程表を送ってきたものの、これには開発状況についての具体的な説明はなかった。
その後も、控訴人から説明、連絡がなかったため、被控訴人は、同年一二月上旬、予め質問書を作成しておいて、控訴人の担当者が来社した時に、開発状況や開発が遅れている原因について具体的説明を求めた。しかし、控訴人は、これには答えず、その後の同月二七日付けで「TT-109α認可申請用ソフト遅延のお詫び」と題する書面を送ってきたものの、それには、開発が遅れていることについてのお詫びが記載されているだけで、開発状況や開発が遅れている原因についての具体的説明は全くなかった。
以上のとおり、同月末の時点で、控訴人は、被控訴人に対し、開発状況やハードウェアに関する情報を全く告げていなかった。
(2) 被控訴人は、平成七年四月二〇日の時点で、控訴人から、ハードウェアが見通しどおりに機能しないので対応を考えているとの説明を受けたが、控訴人からハードウェアの選定が適切でなかったという具体的情報を告げられたのは同年六月一二日に至ってである。
3 契約締結上の過失
(一) 控訴人は、被控訴人による共同開発の打診の時から本協定締結に至るまで、平成六年三月三一日に控訴人の研究所でワークステーションを使用して被控訴人に見せた画像を運転シミュレータに実際に使用するボード上にどのように移植するのかなどについての技術面での問題点につき何ら説明せず、また、控訴人の開発範囲であるソフトウェアの制作及びハードウェアの制作(選定、購入等)についての技術的な難易度を一切説明しなかった。
(二) 控訴人は、ヴァーチャリティー社のハードウェアを使用することについても、平成七年六月二八日まで一切説明せず、また、控訴人の担当範囲の開発に必要なボードの能力等の重要事項について早い時期に十分な検証を行うことを怠った。
(三) 右(一)、(二)の控訴人の行為は、契約締結に向けて交渉を開始した時から当事者が負うべき信義則上の義務に違反するものであり、控訴人に過失があるというべきである。
理由
一 当事者間に争いのない事実は、原判決二九頁七行目の「運転シミュレータ」を「動く映像を用いて道路上での運転を疑似体験させる疑似運転装置である運転シミュレータ(ドライビングシミュレータ又はドライブシミュレータとも呼ばれる。道路交通法施行規則では、「模擬運転装置であって、当該模擬運転装置による練習効果が道路における自動車による練習効果と同等であるものとして国家公安委員会が定める基準に適合するものをいう。」とされている。)」に、同一〇行目の「本協定」を「請求原因3のとおりの本協定」にそれぞれ改めるほかは、原判決「理由」欄の一に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 右争いのない事実に証拠(甲第一八、第四〇号証、乙第一八、第一九、第四二、第四三号証、証人C、同D及び同Eの各証言のほか、各項に掲げるもの)及び弁論の全趣旨を併せると、以下の事実が認められる。
1 被控訴人は、電子技術を応用した鉄道運転士教育用機器、コンピュータによる教育用ソフトの開発、制作等の鉄道車両に関係する業務を行ってきていたが、かねて他の分野への事業展開も模索していたところ、平成六年二月までに、自動車教習所向け運転シミュレータの実用化に関する情報、すなわち、自動車教習所向け運転シミュレータにつき、数年前から三菱プレシジョンが警察庁とタイアップして開発を進めてきたが、自動車教習所における運転シミュレータによる教習のカリキュラム化を織り込んだ改正道路交通法規の施行が同年五月と予定されていること、三菱プレシジョンのほか新明和工業及びタスクネットが既に製品の開発を進行させて販売商戦に入っており、右三社(以下「先行三社」という。)の中でも三菱プレシジョンは、既に平成二年ころ試作品を完成させて、現在全国の自動車教習所に対する販売を開始していること、その販売定価は一台約一五〇〇万円、実売価格は一台約一二〇〇万円であること、自動車教習所は全国に約一五〇〇あることなどの情報を入手した(甲第三号証の一、二、第四号証、第五号証の二ないし四)。
被控訴人は、右情報に接し、先行三社が存在することゆえの困難さはあるものの、優秀なコンピュータグラフィックスの技術が備われば、これまでの鉄道車両に関する訓練機器のノウハウを生かして高品質のものを制作し、右販売商戦に参入することができると考えて、右技術を有する提携相手を探すこととし、平成六年二月から同年三月にかけて、「CPC」という会社(被控訴人や控訴人に部品を納入していた業者)を通じるなどして、右技術を有する大手企業の控訴人に対し、前記のような情報を提供するとともに自動車教習所向け運転シミュレータの概要を説明した上、自動車教習所向け運転シミュレータの開発への協力を要請した(乙第三一号証の一ないし五)。その際、被控訴人は、かつて平成五年一月ころ控訴人に貨物列車運転シミュレータの開発への協力を依頼したが断られたという経緯があったこともあって、今回は市場が大いに有望であることを強調し、また、先行三社とりわけ三菱プレシジョンの製品より高品質のものを開発したいとの希望を述べた。
控訴人は、右要請を受けて検討した結果、市場が有望であると思われたことから、コンピュータグラフィックスにおいて未だ一般的に普及していないテクスチャーマッピングの技術(物の質感を忠実に再現することにより画像にリアリティーを出す技術)を採用すれば高品質のものを制作することができるとの考えの下に、右開発に協力することとした。
2 そして、平成六年三月三一日、控訴人側の呼びかけにより被控訴人及び控訴人の各担当者が控訴人の中央研究所に集合して初顔合わせをした場で、控訴人側は、被控訴人側に対し、右協力の意向を伝えるとともに、先行三社に対し画像で優位を保つためにテクスチャーマッピングの技術を採用することを提案した上、テクスチャーマッピングがどのようなものであるかを示すために、当時控訴人が開発していたゲームソフトを用いて、シリコングラフィックス社製のワークステーション上でテクスチャーマッピングを施した街路風景の画像を映し出して見せた。
右画像を見せられた被控訴人の担当者は、先行三社の運転シミュレータの画像よりも数段優れているとの感想を抱き、また、控訴人の担当者も、右のような画像を運転シミュレータにおいて実現すれば他社に数年は差をつけることができるなどと述べた。
もっとも、控訴人側は、この時点では、後記の警察庁の仕様書や先行三社の製品を全く見ていなかったのであり、右のような画像を被控訴人側に見せたのも、テクスチャーマッピングについて一般的な説明をするためであって、そのような画像を直ちに運転シミュレータにおいて実現することができると述べたわけではなかった。また、右のワークステーションは、価格が四、五千万円もするコンピュータグラフィックス専用の特殊なコンピュータであって、価格の面からしても、これを自動車教習所向け運転シミュレータに使用することは到底不可能であったのであり、そのことは、被控訴人側も控訴人側から説明を受けて承知していた。
なお、その際、運転シミュレータの開発における技術的問題点とか、いかなるハードウェアを使用するかといったようなことについては、被控訴人側からの質問も控訴人側からの説明もなかった。
3 こうして、被控訴人と控訴人は、運転シミュレータの共同開発について協議を進めることとし、平成六年五月一日には、控訴人の要請により秘密保持契約を締結した(甲第一号証)。
また、被控訴人及び控訴人の各担当者は、同月二日、警察庁で行われた運転シミュレータの型式認定に関する説明会に参加して、警察庁の仕様、認定条件、制度の概要等についての資料(甲第一九号証の一ないし三、同号証の四の一ないし三)を入手した。なお、控訴人は、その後同月一九日までに、右仕様に基づいて運転シミュレータに関する「Professor D」と題する社内資料(甲第二〇号証)を作成し、これを被控訴人にも送付した。
さらに、被控訴人は、控訴人の要望により、同年六月二九日、三菱プレシジョン製の運転シミュレータを使用している自動車教習所に控訴人の担当者を案内して見学させた(甲第六号証)。
4 ところで、被控訴人と控訴人は、前記2の会合の時から平成六年八月一二日の本協定締結までの間、本件開発における各社の担当範囲、販売価格、販売台数、量産化の時期等について何度か打ち合わせを行った。
その打ち合わせで、当初、控訴人は筐体並びにソフトウェア及びハードウェアの全部を自己のリスク負担で開発したいとの意向であったが、同年七月一二日までに、控訴人が被控訴人の要望を受け入れて、①控訴人は、ソフトウェア及びハードウェアを自己のリスク負担で開発して、これをロイヤリティベースで被控訴人に供給し、関東地区以外の地域での販売を担当する、②被控訴人は、筐体及びメカニズム部分を自己のリスク負担で開発して、控訴人からソフトウェア及びハードウェアの供給を受けて製品とし、自己の名義で製品の認可を受けて、関東地区の販売を担当するということで合意するに至った。また、販売価格については、三菱プレシジョンの製品の実売価格が一二〇〇万円程度であったことから、それよりも低価格の一〇〇〇万円程度を目標とすることとし、販売台数については、被控訴人が二〇〇台、控訴人が六〇〇台を見込んだ。
(甲第二一号証、乙第一、第八、第一二、第一三号証)
5 その後、経費をかけて開発を進める以上何らかの取り決めをしてほしいとの被控訴人の要請により、平成六年八月一二日、本協定が締結された。
本協定書は被控訴人が起案したものであり、その末尾には、「当該協定書は、本契約締結までの双方の申し合わせ事項とする。」と記載されていたが、右にいう「本契約」とは、本協定に基づく共同開発の結果得られる製品についての商品化・事業化のための契約を指し、その契約には、右製品の販売価格、控訴人が被控訴人に供給するソフトウェア及びハードウェアの出し値、量産の方法及び時期、互いの相手方への発注の方法及び時期、製品の保守に関する事項等が具体的に定められることが予定されていた。なお、前記の秘密保持契約書(甲第一号証)は代表取締役社長名義で取り交わされたが、本協定書(甲第二号証)は、被控訴人が専務取締役名義、控訴人が取締役生産開発本部長名義で取り交わされた。
本協定書には明示されていないが、本協定が締結された時点で、三菱プレシジョンの製品(甲第五号証の三)は六画面(正面三画面、左右のサイドミラー各一画面、バックミラー一画面)方式、新明和工業の製品(甲第五号証の四)は四画面方式(サイドミラーを正面三画面に組み込んで四画面とする方式)、タスクネットの製品(甲第五号証の二)は三画面方式(サイドミラーだけでなくバックミラーも正面三画面に組み込んで三画面とする方式)であり、新明和工業の製品には一部テクスチャーマッピングが採用されているが、三菱プレシジョン及びタスクネットの各製品にはテクスチャーマッピングは採用されていないことが判明しており、被控訴人と控訴人は、六画面方式とするとともにテクスチャーマッピングを採用するなどして先行三社の製品より高品質のものとすること、また、販売価格も一〇〇〇万円程度を目標として先行三社の製品(前記のとおり一二〇〇万円程度)より低価格のものとすることに合意していた。
なお、警察庁提示の仕様書(甲第一九号証の一ないし三、第一九号証の四の一ないし三)では、画面品質について「映写幕等に映写される画面が毎秒二五回以上更新されること」(フレーム更新レート毎秒二五回以上)という要件が定められていたが、六画面方式とすることやテクスチャーマッピングを施すこと等の要件は定められていなかった。
6 ところで、控訴人は、平成六年三月初旬、複数画面のテクスチャーマッピングが可能となるハードウェアを開発し実用化していた英国のヴァーチャリティー社から製品の売り込みを受けていたが、前記2の時点で、複数画面のテクスチャーマッピングに適したハードウェアとして同社のPC(パーソナルコンピュータ)ボードを開発対象とすることを予定し、同年四月一日、同社との間で秘密保持契約書(乙第三四、第三五号証の各一、二)を取り交わした後、右PCボードについて同社から情報を入手し説明を受けるなどして検討を進め、また、同年五月三一日から同年六月七日まで担当者を同社に派遣して、複数画面の制御方法及びテクスチャーマッピングの技術について意見交換を行わせるなどした(乙第三〇号証の一ないし八)。そして、控訴人は、本協定締結時までに、本件のハードウェアとしてヴァーチャリティー社のPCボードを開発対象とすることが適当であるとの判断に達し、本協定締結後の平成六年九月一日、同社との間でPCボードの提供等に関する契約書(乙第三七号証の一、二)を取り交わし、同月下旬、同社からPCボードの提供を受けた。(乙第四八号証)
もっとも、当時、控訴人は、右のようなハードウェアに関する事項を被控訴人に対して説明することはしなかった。一方、被控訴人も、本件のハードウェアとしてどのようなものを使用するか、既存のハードウェアがあるかといったようなことについて、控訴人に質問することはなかった。
なお、控訴人は、右のとおり提供を受けたPCボードについて、その一部であるビデオカード(ビデオボード)に当初予定していた機能がないこと等の問題点があることが判明したため、ビデオカードを特別注文するなどして対処することとしたが、その特別注文のビデオカードの完成に数週間を要することとなり、このことも控訴人の開発の進行が遅れる原因となった(乙第一二〇号証)。
7 被控訴人は、控訴人に対し、平成六年一〇月四日付けの「一〇月五日貴社訪問時お問い合わせしたい事項」と題する書面(甲第一四号証、乙第六号証)を送付して、①ソフト開発の工程の現状と今後、②先行三社の製品と比較した場合のソフトの具体的な優位点、③製品価格の見積もりの交換時期、④売買基本契約の締結の時期等について質問した。
これに対し、控訴人は、同月五日、控訴人の中央研究所に来訪した被控訴人の担当者に対して、右質問に対する回答を記載した同日付けの「問い合わせに対する回答書」(甲第一五号証)及び開発工程の予定を記載した「ドライブ・シミュレータ開発総合計画」(乙第三二号証)を提示した上、口頭で説明を加えた(乙第五六号証)。なお、右③については同年一〇月末日までに、④については同年一一月上旬にそれぞれ回答するとした。
右予定表では、本件開発の完了予定は平成七年四月一日とされていたが、これについて被控訴人側が特に質問をしたり異議を述べることはなかった。
8 控訴人は、前記特別注文に係るビデオカードの完成までの間、既存のPCボードを使用してソフトウェアの開発を進め、平成六年一一月一日、画像の質を確認するために、被控訴人の担当者の立会いを得た上、画像のデモンストレーションを行って、被控訴人と同じ企業グループに属する東急自動車学校の指導教官から意見を聴取したが、その際、右教官の意見をまとめる形での被控訴人からの質問書(甲第二四号証)に対し、対処方法についての回答書(乙第一四号証)を被控訴人に提出した。
右回答書では、例えば、曲がり角が遠くからはっきり見えないとの指摘に対し、「解像度を上げて対処する方法があるが、現状のハードウェアと解像度では不可能である。また、現状のハードウェアで解像度を上げると、リフレッシュ・レートが極端に落ちるため、警察庁指定の仕様にあわなくなります。それらを全てクリアするハードウェアとなると、コスト的にハードウェアだけでも四千万円以上に達してしまい、とてもドライブ・シミュレータを普及させることは無理となります。このように、この意見はCGの根源的な問題に直面しますが、タイトーとしてもベストを尽くします。」と回答していた。
9 被控訴人と控訴人は、平成六年一一月一五日、以下のとおり製品価格等についての打ち合わせを行った。
販売価格について、被控訴人は最低九八〇万円、控訴人は最低九〇〇万円との意見を述べた。控訴人のいう九〇〇万円の内訳は、控訴人から被控訴人へのソフトウェア及びハードウェアの支給価格が四四〇万円、被控訴人から控訴人への筐体の支給価格が二六〇万円、利益が二〇〇万円というものであったが、これに対し、被控訴人の提示価格は、被控訴人から控訴人への筐体の支給価格を四〇〇万円、控訴人から被控訴人への支給価格を三〇三万円とすることを前提とするものであった。
販売台数について、控訴人が二〇〇台を見込んだのに対し、被控訴人は良くて五〇台程度と述べた。また、発注台数について、控訴人が一〇〇台ロットを主張したのに対し、被控訴人は一〇台ロットを主張した。
なお、販売台数の見込みについて双方が本協定締結当時よりもかなり下方修正をしたのは、当初、被控訴人が、実地教習から運転シミュレータによる教習への切り換えを警察庁が指導するとの情報に接し、その旨を控訴人にも伝えていたところ、後に、そのような指導はされないことがわかったことも原因していた。
(甲第二六号証、乙第二、第三号証、第四号証の二)
10 その後、控訴人は、本件の開発を進めたが、なかなか予定どおりに進まず、平成六年一二月二六日の被控訴人との打ち合わせの席上では、ソフトウェア開発の進捗が予定よりも約二週間の遅れとなり、予定していた平成七年一月一七日の有識者グループによる事前審査に間に合うかどうか断言することができない旨を述べ、さらに、翌二七日付けの「TT-109α認可申請用ソフト遅延のお詫び」と題する書面を被控訴人に送付して、右のような事態になったことを詫びた(甲第七号証)。
11 控訴人は、その後も本件の開発を進め、平成七年二月以降、ようやく本格的にヴァーチャリティー社のPCボードにソフトウェアを入れ込むことができるようになったが、その作業の過程で、テクスチャーマッピングを多用した場合、右PCボードからは期待していた画像が得られず、毎秒二五回以上更新という警察庁提示の仕様を満たすことができないことが判明し、平成七年三月一五日の被控訴人との打ち合わせの席で、ハードウェア上の欠陥が見つかったが、未だ何が問題であるのか結論が出ていない旨述べ(甲第二七号証)、同年四月二〇日の被控訴人との打ち合わせの席では、ハードウェアが当初の見通しどおりに機能せず、画面の半分以上にテクスチャーマッピングを施すとスピードが落ちて毎秒二五回以上更新という警察庁提示の仕様を満たすことができない、テクスチャーマッピングを必要最小限に抑えてソフトウェアで対処する方法と、現在のものより性能の良い英国製の新しいハードウェアを使用して対処する方法があるが、後者はコストが高くつくし工程が遅れることにもなるので、とりあえず前者の方法で対処することとし、取り急ぎテクスチャーマッピングを最小限に抑えたソフトウェアを制作してみるので、同月二八日にその画像を見せて被控訴人の意見を聞きたい旨述べた(甲第一七号証、乙第四四号証)。
そして、控訴人は、テクスチャーマッピングを最小限に抑えたソフトウェア、すなわち、信号、道路標識及びガードレールのみにテクスチャーマッピングを施したソフトウェアを制作した上、同月二八日、その画像を、従前のテクスチャーマッピングを多用したソフトウェアの画像と対比させて、被控訴人の担当者に見せた。なお、前者の画像は危険回避等のイベントのないものであったが、それは、同月二〇日から約一週間という時間的制約の下で間に合わなかったためと、画像の質を判断するためにはそれで十分と考えたからであった。
これに対し、被控訴人側は、前者のような画像では全く売り物にならない旨述べた。
もっとも、後者の画像が毎秒二五回以上更新という仕様を満たしていなかったのに対し、前者の画像は右仕様を満たしていた。
(乙第四九、第五三、第一一三号証、第一三〇ないし第一三二号証)
12 かくして、控訴人は、被控訴人の要求はテクスチャーマッピングを多用したものの開発であると解釈し、これを前提として検討を進めたが、平成七年六月一二日の被控訴人との打ち合わせの席で、ハードウェアの選定ミスであり、現状のヴァーチャリティー社のハードウェアの能力では毎秒二五回以上更新という警察庁の仕様を満たすことができないので、七割方ソフトウェアを作ったが、開発を中止したい、今後開発を継続するには同年八月入荷予定の同社の次期ハードウェアを待つしか方法がない旨述べた。これに対し、被控訴人が、新しいハードウェアの入荷を待って前向きに検討してほしい旨述べたことから、控訴人は、ヴァーチャリティー社に警察庁の仕様を提示して新ハードウェアの性能についての検討を依頼し、同年六月中に文書での回答を得た上で、同月三〇日に被控訴人に回答する旨述べた。
そして、控訴人は、直ちに、ヴァーチャリティー社に対し、警察庁の仕様を提示して新ハードウェアの性能についての検討を依頼したが、同社からは、新PCボードは現状のPCボードの約三倍から四倍位の性能になる予定であるが、「詳しい性能に関しましてはその性能の計り方などによって変わりますので、御社の場合のようにあらゆる誤解を避ける必要のある場合は、実際のサンプルをご購入いただいて、御社で計測していただければ幸いに思います。」との回答しかなく、なお、開発スケジュールが遅れていて新PCボードの発売時期は一二月を予定しているが、プロトタイプ(試作品)であれば一〇月前半には届けることができるとの回答であった。
控訴人は、同年六月二九日、被控訴人に対し、文書で、右の経過をヴァーチャリティー社の回答書を添付した上で報告するとともに、この状態で結論を出すのは危険であるので、今しばらく同社との交渉の時間を頂きたい旨の連絡をした。
(甲第二八、第二九号証、乙第四五号証、第四六号証の一ないし三)
13 その後、控訴人は、平成七年七月二四日の被控訴人との打ち合わせの席で、組織変更があって担当者が全員変わったことを伝えるとともに、新しいハードウェアについてヴァーチャリティー社からの回答が不十分なため結論を出すに至っていない旨述べ、被控訴人側から今後の方針及び見通しについてどう考えているかと質問されたのに対しては、社内調整の上で八月四日までに文書で回答すると答えた(甲第三〇号証)。
そして、控訴人は、同月七日、被控訴人に対し、社内調整に時間がかかっており、今しばらくの時間をいただきたい旨を記載した文書(甲第三一号証)を送付した。
その後、控訴人からの回答はなく、被控訴人は、同年九月五日、控訴人に対して本協定を解除する旨通知した。
14 他方、被控訴人の担当分野(筐体)の開発については、本協定締結後の平成六年一〇月六日に第一次試作品が完成し、同年一一月初旬には一応の完成をみて、平成七年一月に量産モデル一号機が完成し、これが同月二〇日に控訴人に納入された。もっとも、右納入に係る筐体には何点かの故障、欠陥があり、控訴人側も協力して修理された。(甲第三三号証、乙第一六、第一七号証)
なお、被控訴人が開発のために費用を支出したのは、大半が平成六年中のことであり、平成七年になってからはほとんど支出していない(甲第一一ないし第一三号証(枝番を含む。))。
三1 右二1、2の認定について、証人Cは、平成六年三月三一日に被控訴人の担当者が控訴人の中央研究所に出向いたのは、被控訴人が運転シミュレータの開発可能性について打診していたところ、控訴人から、運転シミュレータの画像のサンプルができたので見に来てほしいとの連絡が入ったからであり、控訴人の担当者はワークステーション上の画像と同等のものを運転シミュレータにおいて実現することができる自信があるかのような言動をしていた旨証言し、甲第一八、第四〇号証(Cの陳述書)中にも同旨の陳述記載がある。
しかし、前掲各証拠によれば、その時点では、控訴人側は警察庁の仕様書や先行三社の製品を全く見ていなかったし、また、被控訴人側も、ワークステーションがコンピュータグラフィックス専用の特殊かつ高価なコンピュータであって、価格面からしても、これを運転シミュレータに使用することは到底不可能であることを承知していたことが明らかであるから、控訴人側が運転シミュレータの画像のサンプルができたなどと言うはずがないというべきであるし、また、被控訴人側がワークステーション上の画像が直ちに運転シミュレータにおいて実現されるものと信じるはずがないというべきであるから、右証言及び陳述は到底採用することができない。
2 右二9の認定について、証人Cは、被控訴人から控訴人への筐体の出し値(支給価格)が二六〇万円という数字は、控訴人側の提示にせよ全く出なかったと証言するが、被控訴人側が作成した打ち合わせ議事録(甲第二六号証)によっても、控訴人側は、販売価格九〇〇万円の内訳として、控訴人から被控訴人へのソフトウェア及びハードウェアの出し値を四四〇万円、利益を二〇〇万円としていたことが記載されているから、被控訴人から控訴人への筐体の出し値を二六〇万円として計算していたことが明らかである。
3 右二11の認定について、証人Cは、テクスチャーマッピングを最小限に抑えたソフトウェアの画像も、毎秒二五回以上更新という仕様を満たしていなかったと証言し、Cの陳述書(甲第一八、第四〇号証)及び当日Cとともに画像を見たというFの陳述書(甲第三四号証)中にも同旨の陳述記載があるが、乙第五三号証、第一三〇ないし第一三二号証(第一三〇号証はビデオテープ)に照らして、直ちに採用することはできない。
なお、右の甲第四〇号証中には、平成七年四月二八日に見せられた画像は、いわゆるキャラクタ(自動車、歩行者等)が出現し、事故等のイベントも部分的に含まれるものであったのに、乙第一三〇号証の画像はキャラクタやイベントを含まないものであるから、彼此同一のものではない旨の陳述記載があるが、本件全証拠を検討してみても、控訴人が平成七年四月二八日当時のソフトウェアに修正を加えたとか、右ソフトウェアとは別のものによる画像を乙第一三〇号証に収録したと窺わせる資料はなく、右陳述記載は直ちに採用することができない。
4 他の本件全証拠を検討してみても、前記二の認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
四 ところで、被控訴人の本訴請求の原因は、①本協定に基づいて、控訴人は、被控訴人に対し、本協定において控訴人の開発範囲とされた仕事(警察庁提示の仕様に基づくソフトウェア及びこれを動かすためのハードウェアの制作)を完成させるべき債務及び開発状況について開示、説明、協議をすべき債務を負っていたとした上、控訴人に右各債務の不履行があったとして、これにより、被控訴人が支出した開発費用及び逸失利益(開発が完成して製品の販売をすることができた場合に得られたであろう利益の喪失)の損害を受けたとし、また、②控訴人の契約締結上の過失により、被控訴人が右同様の損害を受けたとするものである。
五 そこで、まず、本協定に基づいて控訴人が被控訴人に対し右仕事を完成させるべき債務を負っていたといえるか否かについて検討する。
前記一、二の事実によれば、本協定書の冒頭に「甲(被控訴人)と乙(控訴人)とは、甲乙が共同で企画する自動車運転教習用ドライビングシミュレータの開発に関し次の通り協定する。」との記載があり、また、その第一条に「協定の目的」として「甲(被控訴人)と乙(控訴人)とはドライビングシミュレータの開発を提携して迅速に推進し甲乙双方の販売計画に遺漏ないように努めるものとする。」とされていることからもわかるように、本協定は、被控訴人と控訴人が自動車教習所向け運転シミュレータ(ドライビングシミュレータ)の開発を共同で行うに当たっての協定であり、いわゆる共同開発契約に当たるということができる。
そして、その運転シミュレータの開発は、既に他社(先行三社)が開発、販売に成功した同種のモデルとなる製品が存在することを前提とし、かつ、警察庁提示の仕様に基づく製品を制作するというものであるものの、決して右仕様を満たしさえすればよいというのではなく、右仕様を満たしつつ、当時においては未だ一般的に普及していなかったテクスチャーマッピングの技術を採用するなどして先行三社の製品より高品質のものを制作することを目指し、しかも、先行三社の製品より低価格のものを制作することを目指すことを合意していたのであるから、そのような開発については、新しい技術ないし製品の開発の場合に一般にみられるように、不確実な要素が含まれ、不成功に終わる可能性もあることが当然の前提になっていたものとみるのが相当である。
本協定書には、開発が不成功に終わった場合の処理を定めた規定はないが、それは、新しい技術又は製品を創り出すためのいわゆる共同開発において一般にみられるように、開発が不成功に終わった場合には、それぞれが支出した開発費用は各自が負担し相手方の責任は問わないということを当然の前提にしていたからであるとみることができる。なお、このように開発が不成功に終わった場合には開発費用を各自が負担することによって、いわゆる開発リスクの分散、軽減を図ることができる点が、単独開発と比べた場合の共同開発の利点の一つである。
本協定書の第一条の「販売計画」及び第六条の「開発に要した費用はそれぞれ分担した開発分野に応じてそれぞれ自ら負担しそれぞれの製品価格に包含させる」との各文言も、開発が首尾よく成功した場合のことを想定したものでしかなく、右のように不成功に終わる可能性があることを否定するものではない。
したがって、本協定に基づいて控訴人が被控訴人に対し控訴人の開発範囲とされた仕事を完成させるべき債務を負っていたものということができず、右債務の存在を前提とする被控訴人の主張は理由がない。
六 次に、開発状況について開示、説明、協議をすべき債務の不履行をいう被控訴人の主張について検討する。
被控訴人は、控訴人が被控訴人に対し開発状況や開発が遅れている原因について具体的な説明をしなかったとして、そのことが債務不履行に当たると主張するのであるが、仮にそうであるとしても、そのような説明がなかったことゆえに被控訴人が製品の販売利益を喪失することになる(換言すると、そのような説明がされていたら被控訴人が製品の販売利益を得ることができた)とは直ちに考え難く、右のような因果関係があることについて他に具体的な主張、立証はないから、被控訴人主張の債務不履行と被控訴人主張の逸失利益の損害との間に相当因果関係があると認めることはできない。したがって、以下では、被控訴人主張の損害のうち開発のために支出した費用との関係において控訴人に債務不履行があったといえる否かについて検討することとする。
1 本協定においては、「甲(被控訴人)及び乙(控訴人)はそれぞれ開発工程を相互に交換し、計画、進行等について随時協議する。」(本協定書第三条)とされている。
そして、本件の共同開発は、被控訴人が筐体を、控訴人がソフトウェア及びハードウェアをそれぞれ担当範囲として開発するというものであって、互いに相手方の担当範囲の開発とは一応別個に自己の担当範囲の開発を進めることができるものであるから、自己の担当範囲の開発を進めるに当たって相手方の担当範囲の開発の状況を知ることが是非とも必要というわけではないが、相手方の担当範囲の開発に完成の見込みがなければ、自己の担当範囲の開発を進めても、開発のために支出した費用が無駄に帰することになるから、そのような事態に至らないために、相手方の担当範囲の開発の状況を知る必要があるといえる。
そうすると、本協定上、控訴人は、被控訴人が控訴人の担当範囲の開発状況を知らないことにより無駄な支出をして損害を被ることがないように、被控訴人に対し、控訴人の担当範囲の開発状況につき必要に応じて説明をすべき債務を負っていたものと解するのが相当である(このこと自体については控訴人も特に争っていないものと解される。)。
もっとも、その説明の内容、程度については、性質上、一義的には定まらず、その時々の具体的状況に応じ信義則に照らして判断するほかない。
2 そこで、前記一、二の事実に基づいて、被控訴人が開発費用を支出したことによる損害との関係において控訴人に右のような説明をすべき債務の不履行(不完全履行)があったといえるか否かについて検討する。
(一) 控訴人が本件のハードウェアの開発対象として採用したヴァーチャリティー社のPCボードは、当初予定していた性能を有さず、そのために、六画面方式でテクスチャーマッピングを多用したのでは、フレーム更新レート毎秒二五回以上という警察庁提示の仕様を満たすことができなかったのであり、被控訴人が本協定を解除した同年九月五日の時点でも、本協定において目標とした六画面方式とするとともにテクスチャーマッピングを採用するなどして先行三社の製品より高品質かつ低価格のものを制作するということについては、具体的な実現の目途は立っていなかったといわざるを得ない。
しかし、テクスチャーマッピングを多用した場合、ヴァーチャリティー社のPCボードではフレーム更新レート毎秒二五回以上という警察庁提示の仕様を満たすことができないことが判明したのは、平成七年二月以降のことであり、その時点では既に被控訴人の担当範囲の開発は完成していたのであるから、被控訴人において右のような状況を知らなかったために無駄な開発費用を支出したという関係にはないばかりでなく、控訴人は、被控訴人に対し、同年三月一五日、同年四月二〇日及び同年六月一二日の各打ち合わせの席等で右のような状況について説明を尽くしたものと認めることができる。
(二) 被控訴人は、平成六年一二月末の時点でも控訴人が被控訴人に対しハードウェアに関する情報を告げていなかったと主張するところ、確かに、控訴人が、本件のハードウェアとして、既存のハードウェアをそのまま使用するのではなく、新たにヴァーチャリティー社のPCボードを開発対象とするものであることを、平成六年中に被控訴人に告げたと認めるに足りる的確な証拠はない。
しかし、本件のハードウェアとしてどのようなものを使用するか、既存のハードウェアがあるかといったようなことについては、被控訴人も質問することがなかったのであり、前記のような本件共同開発契約の内容に照らし、控訴人が自己の開発分野に属する右のような事項について、被控訴人から何らの質問もないのにあえて説明しなければならない債務があるとまでいうことはできない。
また、控訴人が、本件のハードウェアとして、既存のハードウェアをそのまま使用するのではなく、新たにヴァーチャリティー社のPCボードを開発対象とするものであることを被控訴人に告げたとしても、被控訴人において開発費用を支出しなかったであろうと認めることはできない。この点について、証人Cは、被控訴人としては、既存のハードウェアを有しておらず新たにヴァーチャリティー社のPCボードを購入して開発するということを知っていたら、控訴人との共同開発を行うことはなかったかのように証言するが、それは、後に右PCボードの性能不足が判明したことからの後付の議論であって、採用することはできない。
(三) また、控訴人は、被控訴人から平成六年一〇月四日付けの「一〇月五日貴社訪問時お問い合わせしたい事項」と題する書面による質問を受けた時や同年一一月一日の画像デモンストレーション時の東急自動車学校指導教官の意見を基にした質問を受けた時には、特に隠し立てをすることなく、それなりの回答をしていたとみることができる。
この点について、被控訴人は、右の書面による質問の時には開発状況についての具体的な説明はなかったと主張するが、控訴人は、開発工程の予定表を提示した上で本件開発の完了予定は平成七年四月一日になることを説明し、これに対して被控訴人が特に質問をしたり異議を述べることはなかったのであるから、右主張は採用することができない。
(四) 本件全証拠を検討してみても、被控訴人が開発費用を支出したことによる損害との関係において、他に、控訴人に前記説明すべき債務の不履行があったと認めるに足りる証拠はない。
七 最後に、契約締結上の過失をいう被控訴人の主張について検討する。
1 右主張は、必ずしも明確でないが、本協定締結に至るまでの間、控訴人において、①平成六年三月三一日にワークステーションを使用して被控訴人に見せた画像を運転シミュレータにおいてどのようにして実現するかなどについての技術面での問題点や本件のソフトウェアの制作及びハードウェアの制作(選定、購入等)についての技術的な難易度を説明しなかったこと、②ヴァーチャリティー社のハードウェアを使用することについて説明をしなかったこと、③ボードの能力等の重要事項について早い時期に十分な検証を行うことを怠ったことが、契約締結に向けて交渉を開始した時から当事者が負うべき信義則上の義務に違反するとし、右義務違反(過失)があったために、被控訴人が支出した開発費用及び逸失利益(開発が完成して製品の販売をすることができた場合に得られたであろう利益の喪失)の損害を受けたとするものと解される。
しかし、ここでも、そのような説明、検証が行われなかったことゆえに被控訴人が製品の販売利益を喪失することになる(換言すると、そのような説明、検証が行われていたら被控訴人が製品の販売利益を得ることができた)とは直ちに考え難く、右のような因果関係があることについて他に具体的な主張、立証はないから、被控訴人主張の信義則上の義務違反と被控訴人主張の逸失利益の損害との間に相当因果関係があると認めることはできない。したがって、被控訴人主張の損害のうち開発のために支出した費用との関係において控訴人に信義則上の義務違反があったといえる否かについて検討することとする。
2 まず、①及び②についてみるに、当該事項については被控訴人も控訴人に質問することがなかったのであり、そのような質問もないのにあえて説明しなければならない義務があるとまでいうことはできない。
なお、控訴人が①及び②のような事項について説明するとしても、当時においては、単に一般的な説明にとどまらざるを得ず、そのような説明を受けたとしても、被控訴人において開発費用を支出しなかったであろうと認めることはできない。この点についての証人Cの証言を採用することができないことについては、前記のとおりである。
3 次に、③についてみるに、前記認定のとおり、控訴人は、平成六年四月一日にヴァーチャリティー社との間で秘密保持契約を締結した後、PCボードについて同社から情報を入手し説明を受けるなどして検討を進め、また、同年五月三一日から同年六月七日まで担当者を同社(英国)に派遣して、複数画面の制御方法及びテクスチャーマッピングの技術について意見交換を行わせるなどしたのであり、開発に必要なボードの能力等について、それ以上の検証が可能であったと認めるに足りる的確な証拠はない。
4 なお、被控訴人の主張が、仮に、本協定書にいうところの「本契約」、すなわち本件開発の結果得られる製品の商品化・事業化についての契約が成立するであろうとの信頼を与えておきながら、これを裏切ったということを主張するものとしても、以下のとおり、その主張には理由がない。
前記一、二の事実によれば、「本契約」は、本件開発の結果得られる製品の商品化・事業化についての契約であり、右製品の販売価格、控訴人が被控訴人に供給するソフトウェア及びハードウェアの出し値、量産の方法及び時期、互いの相手方への発注の方法及び時期、製品の保守に関する事項等が具体的に定められることが予定されていたところ、右事項については未だ双方の協議が煮詰まっていなかったことが明らかである。
また、そもそも、「本契約」は本件開発の成功を前提とするところ、本件全証拠をもってしても、控訴人に本件開発の成功が確実であるとする言動があったとは認められない。
したがって、被控訴人において「本契約」が成立するであろうとの信頼、期待を抱いたとしても、それは一般的な信頼、期待にとどまり、法的保護に値しないものといわざるを得ない。
5 本件全証拠を検討してみても、他に控訴人に信義則上の義務違反に当たる行為があったと認めるに足りる証拠はない。
八 以上の次第で、被控訴人の本訴請求は全部棄却すべきである。
よって、右請求を一部認容した原判決は相当でなく、控訴人の控訴は理由があるから、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消した上、被控訴人の請求を棄却するとともに、被控訴人の附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第六七条第二項、第六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 魚住庸夫 裁判官 小野田禮宏 裁判官貝阿彌誠は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 魚住庸夫)